ここでは一部を掲載しています。
西山学派とのつきあい
鈴木成文(神戸工科大学学長)
「夏の学校 1999」に全国から多数が参加!

西山学派とのつきあい
神戸工科大学学長 鈴木成文
私は京大学派ではありませんので、西山先生とはさして深いお付き合いがあったわけではないのです。個人的な交流よりも、むしろ著書と研究論文を通じてのお付き合いです。最初の出会いもまず本からでした。
たまたま町の本屋で見かけた『これからのすまい』を手にして、そのものの見方に眼を開かされる思いをしたのは、私が大学1年の秋、1947年だったと思います。
その後、先輩青木正夫さん(後の九大教授)、浦良一さん(後の明大教授)らの卒論の清書の手伝いをした縁で吉武泰水先生の研究室に出入りし、自分の卒論では先輩大坪昭さん(後の住宅総合研究財団専務理事)の導きで横浜・川崎の工業労働者住宅の調査に没頭したのですが、ちょうどその頃(1949年)は、今で言えばゼミとでも言うのでしょうか、研究室の勉強会で西山先生の論文をとり上げて議論したのです。建築学会大会論文や「建築学研究」に載った研究報告で、1940年代前半のものでした。今日のようにコピーはありませんから廻し読みです。とくに「住居空間の用途構成に於ける食寝分離論」(建築学会大会論文集、1942年)などは、繰り返し読んで討論しまた批判もしました。そして我々の住居研究は、一般的傾向を指摘するよりは、建築空間とくにプラン(間取り)の住み方に与える影響の解明のほうにより強く傾斜していったと言っていいでしょう。
青木正夫さんは鋭い方ですから、吉武研の行き方、つまり現実社会の中でいかに建築計画の考え方や力を伸ばして行くかについて真剣に考えておられ、西山研との違いについてもある面では対立的に捉えて烈しい言動を発しておられましたが、私はその頃はまだ未成熟でしたし暢気でしたから、ただ研究方法や対象の違いとして捉えていただけでした。そしてその後、幅広く影響を受けたのは、西山先生のいわばお弟子さんたちを通じてでした。
私が大学院の頃(1950〜55年)には、ちょうど日本建築学生会議と建築研究団体連絡会(建研連)の発足がありましたが、この時関西を代表して出て来た絹谷祐規君とは親しく接しました。ローマでの世界建築学生会議に代表を送るべく運動し、その後の富士山麓農村調査に東西の学生が多数結集した時は私は体調を崩して参加できませんでしたが、京都の建築学会大会の機会には絹谷君のほか東大高山研の紺野・川手・宮沢・川上君らと一緒に中国・四国地方を旅行しました。行く先ざきで街や住まいについて語り合い、また調査の方法についても論じたものでした。
1955年に結婚した私は、新婚旅行に奈良・京都に遊びました。当時の我々にとっては、ちょうど現代の学生がローマやパリに行くのと似た感覚です。そして京都では、南禅寺や銀閣を廻った足で京都大学を訪ねたのです。たしか巽和夫さんが大学院、早川和男さんが卒論の時期であったと記憶します。そして西山先生の部屋を訪ねました。あの何となく薄暗い天井の高い、本や書類に埋まった部屋を訪問したのです。それ以前にも学会の席上などでお目にかかったことはありましたが、個人的訪問はこの時が初めてでしたし、新婚旅行の途中で寄るというのも今から考えれば奇妙ですが、当時の我々としては極めて自然な行為だったのです。
1957年からは私は大阪市大に勤めました。京大には近くなった筈ですが、この時西山研と一緒に何かやるということはありませんでした。むしろ時々奈良へ遊びに行った際に扇田信さんとは親しく付き合い、東大寺や興福寺の境内に寝そべって、当時西山研でさかんに取り上げて発表していた住居観や住意識について論じたものでした。この時も西山先生からの直接でなく間接の学習です。その後ずっと扇田さんとは親しくし、つい先日も京都のお宅に遊びに行ったりしています。
私が東大助教授となって研究室をもってから、鈴木研・西山研のジョイントセミナーというのを何回か催した思い出があります。当時の大学院や卒論の連中、宮内康(故)・松川淳子・服部岑生・内田雄造君らが、論争に備えて鋭意牙を研いでいたことが思いだされます。西山研側は先生ご自身でなく、当時の助手の広原盛明君が陣頭指揮に当たっていたのでした。
このように、さまざまな機会に西山理論の教えを受けたのですが、いずれも私は間接的です。とくに扇田・絹谷・広原の3氏からは深い影響を受けたと思っています。西山先生からの直接の教えはと言えば、私が研究論文や著書をお送りすると必ず返事を下さいましたが、ざっと目を通された上、とくに最初の1・2の章の記述について必ず反論なり批判なりを、細かい字で便箋1・2枚に書いてよこして下さいました。これは大事なことで、私も真似ようと思いながらなかなか出来ることではないのです。
西山先生はたいへん厳しい方だそうで、研究室のゼミでは皆こっぴどくやられるので緊張し、その前にはろくろく昼飯ものどに通らなかったとかいう話を聞きましたが、私は直接お話ししたり議論したりする機会は数えるほどしかなかったので、その厳しさについの実感はありません。ただ、吉武研がいわゆるデザインを大事にすること、計画研究の設計への適用を中心課題として心がけることについては大分批判的だったようで、そんなことをしていると設計屋になってしまうといった批判をしておられたらしいことは、研究室の方々を通じてそれとなく伝わって来ました。おそらく西山先生は、社会的なより大きな適用、政策面や地域開発面への影響を大事にしておられたのでしょう。初期の研究での中心だった庶民住宅の住み方研究についても、公共住宅の設計への適用は吉武研がやっているからと、自らは別の面での研究の展開、より大きな展開を意図しておられるように感じました。ただ一つ私の「順応型住宅」(1973年)すなわち住み手の自発性を尊重し住様式の多様性と変化に順応する住戸計画の研究と提案については、研究室内のゼミで評価しておられたらしいことが、これもお弟子さんを通じて伝わって来ました。長い期間、先生の亡くなられるまでの50年間余を通じて、私はその思想と手法を、間接的にではありますが十二分に受け取っていたと思っています。

「夏の学校
1999」に全国から多数が参加!
8月9日〜11日、西山文庫主催の若い世代を対象にした、「夏の学校」に実践女子大学、近畿大学、京都府立大学、福井大学、奈良女子大学、熊本県立大学、大阪教育大学、名城大学、平安女学院短期大学など全国から学生・院生80人、また講師・幹事20人が参加しました。積水ハウス総合住宅研究所の大ホールが主な会場です。住宅計画研究や建築計画学の歴史的成果を理論的・実践的にじっくり学び、これからの21世紀における新しい計画理論を展望する気持ちを養ってほしいと企画されたものです。
参加数は始めの予想を大きく越え、カリキュラムも講義、納得工房見学、団地見学調査とワークショップ、研究発表、交流パーティと盛りだくさんの内容で、充実した三日間になりました。講義も近代計画学、西山理論、コーポラティブ住宅、阪神大地震と住宅復興・都市計画と多岐にわたりました。
<第一日目 8/9月>
全体オリエンテーションの後、積水ハウス納得工房の見学をしました。続いて、
■第1講義、「近代計画学の成立と西山理論」
広原盛明文庫運営委員長(前京都府立大学学長)■第2講義、「近代計画学の展開とその限界」
内田雄造東洋大学教授、2講義でした。
夕食はパーティ形式、全国各地から集まった若人の交流の場になり、楽しめたようでした。
<第二日目 8/10火>
■第3講義、延藤安弘千葉大学教授からの「集って住む―コーポラティブ住宅の実践」の話は、2台のスライドを使った独特の講義で、印象に残ったようです。「コーポラティブ住宅に是非、暮らしてみたい。」と思った人もありました。
午後、香里団地へは2台のバスで移動。バスの中で、三村浩史先生と西村一朗先生の香里団地解説等がありました。香里団地は昭和31年京都大学西山研究室で計画を進めた団地です。
現地で2つの講義がありました。
■第4-T講義、「初期住宅ニュータウン・香里団地」三村浩史関西福祉大学教授(京都大学名誉教授)
■第4-U講義、「香里団地建替事業全体概要」
五島信明住宅・都市整備公団関西支社、住宅市街地部建築課長、でした。
その後、団地を8班に分かれた班単位で、インストラクターの講師の先生方の示唆を受けながら独自の目を養うため調査見学をしました。
再び会場に戻って、海道講師の指導により地下の大空間で、まとめのワークショップが開始されました。夕食後も、香里団地見学のミーティングの続きの場になりました。
<第三日目 8/11水>
午前は、「阪神・淡路大震災におけるすまい・まちづくり研究と課題」として、
■第5講義、「阪神大震災の教訓と住宅復興」塩崎賢明神戸大学教授
■第6講義、「阪神大震災と復興都市計画・まちづくり」
安藤元夫近畿大学教授、の2つの講義がありました。
午後は、前日からの続きの「香里団地見学」のまとめを行いました。このグループ発表に向けたまとめには、各班とも積極的に取り組みました。最後に、ワークショップの成果が発表され、全員真剣に聞きました。みんなの投票により優れた作品を選び、中林・松本講師から講評の後、8班が優秀作品となりました。記念品は西山先生のスケッチ集から1枚。感想レポートを書いて、広原運営委員長から修了証書が渡され修了しました。
初めての「夏の学校」開催にあたり、事前に内容の検討をしてきましたが、参加者から率直な感想、意見を聞かせていただきました。そのアンケートの一部を掲載します。
@「夏の学校」全体に関する感想、
A内容が学習や研究に役立ったかの2項目については、ほとんどの参加者が「大変よかった」または「まあまあ良かった」の合計が9割を越えました。
Bテキストは、文庫で作成した分だけでも110頁余りのボリュウームになりました。その準備には、多忙な時間を割いて全国から駆けつけていただいた講師の先生方の熱意と献身的な資料提供がありました。密度の高いカリキュラムで三日間で読めなかったところ、さらに深めたいところを見出し、是非丁寧に読んでほしい、そういう内容になっています。
C「納得工房」見学もほとんどの人が興味深かったようです。
D「香里団地」現地見学、Eワークショップについても、良かったが多くをしめ、それらは参加者の交流の場の役割も果たしました。掲載しなかった他の項目も満足してもらえた回答となっていました。
参加予定数を大きく上回ったため、宿舎が3ヶ所の分散となり、また移動にも時間がかかりました。さらに楽しい集いの場とするために、宿舎決めは次回の検討課題です。今回、受講された皆さんの意見も参考にして、よりよいプロプラムを用意したいと思います。また参加してください。後輩にも是非、勧めていただきたいです。
団地見学には住宅・都市整備公団大阪支社の、また「納得工房」見学や会場提供には叶マ水ハウスのご援助がありました。ありがとうございました。毎年開催してゆきたく思います。会員がおられる大学・大学院等で年間スケジュールに組込んでいただければ幸いです.