レター21号(2003.09.01)

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第5号(1999.09)
第4号(1999.06)
第3号 (1999.03)
第2号(1998.12)
創刊号(1998.09)

 

ここでは一部を掲載しています。

カーフリーハウジング―クルマなしで暮らせるか?
松本滋(姫路工業大学教授)

 
高速道路を撤去し清渓川を復元する
ーソウル市の挑戦ー

角橋徹也(都市プランナー、立命館大学講師)


カーフリーハウジング―クルマなしで暮らせるか?
松本滋(姫路工業大学教授) 

[講演要旨]
はじめに
 サスティナブルシティ、サスティナブルハウジング、サスティナブルデベロップメントと言われる持続可能な社会や都市やまちづくりにおいて交通の果たす役割は非常に大きいものがあります。例えば路面電車のネットワークを作り上げて都市の中の交通のスタイルを一新させた例などにみるように、交通のシステムをどのように改善するかは、サスティナブルな社会を実現する上で欠かせません。そうしたサスティナブルな都市をめざす取り組みの中で、ヨーロッパでは車に依存しない都市づくりへの取り組みの一つとしてカーフリーハウジングが始まっています。

カーフリーハウジング―クルマなし団地に注目する理由
 カーフリーハウジングとは日本語に訳しますと「車なし団地」といったものです。1990年代後半からドイツを中心にヨーロッパで20近いカーフリーハウジングのプロジェクトが実現しています。モータリゼーションの問題に取り組んできたことからカーフリーハウジングに注目しました。
 いわゆる自動車問題は事故や公害、渋滞、駐車難などと一般的には捉えられがちですが、モータリゼーションの本質的な問題は車が増えることによって、交通システム、都市の構造、ライフスタイル、この3つがクルマ依存型にどんどんどんどん変わってしまうところに一番の問題があるのです。各個人が生活をより豊かになろうと車を選択していくことによって、都市あるいは社会全体としては非常に不便な状況になってしまうのです。ところでこれほど車社会になっているのにもかかわらず、国民の約半数は車を利用することができません。運転できない子供やお年よりもいますし、あるいは一家に一台車があっても誰かが利用してしまうと残りの人は利用できないことになります。車が環境に与える影響も大きく、大気汚染ももちろんですが、資源やごみ問題としても環境に大きな負荷となっています。こうした点から脱クルマ依存型社会に流れを変えるということが、ここ数年の間に多くの国々の課題となってきました。

難しい脱モータリゼーション
 しかし、交通システムと都市の構造、ライフスタイル、この3つが複雑に絡み合ってクルマ依存型になっているので、脱モータリゼーションを実現するのは本当に難しいことなのです。吝嗇(りんしょく)的利用ということもあります。吝嗇的利用とはけちな態度で使うという意味ですが、例えば通勤にバスが利用しやすい仕組みを作っても、車を必要とする他の目的のために持った車を、通勤にも使わないと損だという使われ方になってしまい、結局のところ便利な公共交通を整備しても利用されないという事態が起きてしまうのです。
 こうした難しさにもかかわらず、90年代の後半から、ドイツを中心とした中部ヨーロッパで実験に近いカーフリーハウジングが実現しています。今日は、エジンバラ、アムステルダム、フライブルグ、チュビンゲン、ミュンヘン、ミュンスター、ブレーメン、ハンブルグ、コペンハーゲン、ウィーンの事例を紹介します。

カーフリーハウジングの特徴
 これらのカーフリーハウジングの事例を見ると、車の団地への進入については乗り降りや荷物の積み下ろしは認めるというところもあれば、車は一切禁止のところまでいろいろな制限レベルがあります。駐車場の設置だけを制限するところもあれば、保有を制限するところもあります。
 カーフリーハウジングのメリットのひとつは車が入ってこないことや、駐車場がほとんどいらないので緑地や子供の遊び場やコミュニティのためのスペースが豊かにできるということです。そのためカーフリー団地は子育て世代が比較的多く住んでいます。二つ目のメリットは、駐車場を設けなくてよいのでアフォーダブル住宅つまり手ごろな値段の住宅になるということです。三つ目は非常に良好なコミュニティができるということです。その理由は環境がよいこともありますが、車をやめて暮らそうというひとつのライフスタイルを選んだという仲間意識があるためでしょう。四つ目のメリットは、車を持っていないので遠出が少なくなって団地の中で菜園をしたり、パーティをしたりといった団地の中での楽しみが増えるということです。五つ目はTDM(Transportation Demand Management)、つまり交通需要そのものを抑制しようということです。その中心は自動車交通の削減です。これには中世からの町並みを持つ都市にとっては車の進入から歴史的市街地を守るという大きな意味もあります。それから、需要があるので公共交通や自転車や徒歩空間の整備が進むことです。
 また、カーフリーハウジングの大きな目的のひとつは環境に負担の少ない暮らしをしようということですからエコロジカルな住宅づくりと結びつけたエコハウジングとなっています。カーフリー団地に住む人は、環境に対する意識の高い人が多いのです。もうひとつは、カーフリーハウジングはほとんど新築ですが、その開発用地は新規開発ではなくて、ブラウンフィールド(再開発)が中心で、特に東西冷戦が終わったこともあり、軍の基地の跡地が多くみられます。

カーフリーハウジングの条件
 カーフリーハウジングが成立する条件のひとつは、車に代わる交通システムの整備です。多くの都市で路面電車(LRT)が活躍しています。それがないところでは非常に高性能のバスが走っているところが多いです。二つ目はカーシェアリングです。簡単に言いますと、団地内の会員制レンタカーです。必要なときには車が使えるということです。三つ目は、自転車や徒歩圏内に生活圏が形成されていることです。オランダはもちろんですが、ドイツでは自転車利用が急速に増え、環境整備も進んでいます。四つ目は車なしで暮らしてみよう、環境に負荷の少ない暮らしをしてみようといった環境意識が必要になってきます。

カーシェリング
 一挙にカーフリーにするのではなく、ステップを踏んでいこうとする場合のひとつのステップがカーシェアリングです。普通は車はいらないが、いざというときには車がないと困るということで車を持つ、車を持つとどんどん使う、ということを封じるための役割がカーシェアリングにはあります。

カーシェアリングの特徴
 ドイツではカーシェアリング会社(ほとんどNPOですが)が都市圏ごとに運営しています。市内各地に配置されたデポに2、3台ずつ整備された車が置いてあるというところが多いです。小型車が多いのですがワンボックスカーのような大きいものもあります。カーフリーハウジングを支援するために、カーシェアリングの会費を免除したり、公共交通の定期券を支給しているところもあります。カーシェアリングで一番難しいのが鍵の受け渡しですが、各地で予約や鍵渡しにインターネットを使うなどの工夫がされています。使用料金は走行距離か、使用時間によって決まります。コストは車を持っている場合の1/3程度になるようですが、利用そのものが減るので、1キロあたりの単価としてはどちらが得ともいえないようです。ひとつのデポに2、3台の車で間に合うのかとういことですが、車そのものの利用が減るのであまりトラブルはありません。車を置くデポ用地を市が無償提供するところもあります。
 ヨーロッパの人たちは日本人のようにカーアクセサリーに凝ることもなく、乗る車にこだわりませんが、日本ではどうかなと言う心配もあります。

カーフリーハウジングの秘密
 ドイツはカーフリーハウジングの盛んな国ですが、実は日本以上に自動車大国です。ヒトラーの国民車構想の政策のひとつが車庫法(ガレージ法)で、「1住戸につき、1台以上の駐車場を設置しなければならない」といった法律があります。つまりドイツでは、個人で車を手放そうと思っても住宅には車庫を設けなくてはいけない義務があるのです。これでは車を手放すメリットがずいぶん小さくなります。
 ところが団地がカーフリーハウジングとして認定されると、車庫設置義務が緩和されます。そこにカーフリーにすることの実利的メリットがあるのです。しかし、将来、多くの住人が車を持つようになってしまってカーフリーではないということになれば一般の団地と同じく1戸に1台分必要になってきます。それに備えて駐車場用のスペースとして確保した用地を当面、緑地や子供の遊び場に活用しているのです。
 「カーフリーハウジングが盛んなドイツの環境意識はさすがに高いな」とつい思ってしまいがちですが、カーフリーハウジングの秘密はこんなところにあったのです。ドイツ人の圧倒的多数は「車を手放すなんて考えられない」と思っています。カーフリーの生活を選ぶ人というのはまだ少数派です。

カーフリーハウジングの意義
 世界のほとんどの人は車なしで生活しており、車で生活しているのは先進国の一握りの人だけです。それでも発展途上国、特に中国ではこれから急激に車が増えようとしています。こんな状況で車が増えてしまうことについては、モータリゼーション先進国の責任は大きいのです。そこで、カーフリーハウジングの実現によって、車なしの生活と、その環境の素晴らしさを、目に見える形で示すデモンストレーション効果は大きいといえます。

日本におけるカーフリーハウジングの可能性と条件
 あまり研究が進んでいませんが、日本でもカーフリーで暮らしている人が多くいます。坂道の多い町や離島の人たち、中心市街地で駐車場が確保できないところで生活している人たちです。大阪の南港団地や武庫川団地ではカーフリーではないのですが、車が入れないようにしています。超高層マンションでもすべての住戸に駐車場を設置するのは無理ではないかと思います。今後の展望として、コーポラティブハウスなどの計画ではこれからの共同の生活のイメージを考えるときに、おそらく駐車場問題というのは大きな課題になると思います。その中には車なしの生活をしてみようという選択の可能性も出てくると思います。そのとき、ヨーロッパのカーフリーハウジングの事例は、車を手放すとどれだけ素晴らしい生活ができるのかというモデルになってくれると思います。


高速道路を撤去し清渓川を復元する
ーソウル市の挑戦ー

角橋徹也(都市プランナー、立命館大学講師)

商人デモ
 いまソウルでは、東大門市場など都心のド真中を走る高速道路を撤去してその下を往時の川に蘇らせる「清渓川復元事業」が大きな反響を呼んでいる。2002年5月に当選した現市長が第一の選挙公約に掲げ、選挙戦で最大の争点としただけに市民の関心は極めて高い。都市高速道路の撤去だけでも耳目を引くのに、その下を魚が住みホタルが飛び交う美しい川に復元し、ソウルの都心再生を図ろうという夢のような話である。その撤去がまもなく(03年7月)始まると聞いて、関西の研究者・NGOグループが急遽現地へ飛んだ。
 到着のその日の午後、ソウルの目抜き通りで威勢のよいデモ行進を目撃した。聞けば復元事業に反対する周辺商店街の人たちだという。復元事業には撤去再生という快適さの追求だけではない複雑な背景がありそうで私たちの関心は一層高まった。ソウル市では副市長をはじめ計画スタッフ、大学研究者等の応接を受け、また運良く反対同盟の人たちにも会うことが出来た。

道路の建設と撤去
 清渓川(チョンゲチョン)はソウルの都心を西から東に流れ大河・漢江(ハンガン)に注ぐ幅員16m〜54m、延長約11kmの都市河川(2級)である。清渓川は当初開川といわれ、1394年の朝鮮王朝の発足時にそれを挟んで都城が定められたことで歴史的に由緒ある川となった。
 その後600年の歴史の中で周辺の集落化が進んだ。20世紀以降は人口増加と都市化によって両岸がスラムに近い密集市街地となった。川は次第に汚染され悪臭を放つドブ川と化し、頻発する氾濫と伝染病蔓延の危険をはらむ問題河川となった。
 1934年日本の植民地政府がこの地を京城と定め大京城計画なる都市改造計画をたて、清渓川を覆蓋(以下蓋かけという)する構想を立てた。
 その後日帝からの解放独立、朝鮮戦争、軍事政権とつづく動乱期を経てさまざまな対策が講じられたが、最終的に延長5.4kmにわたって清渓川に蓋をかけ、その上を道路とする工事が78年に完成した。70年代以降の高度成長期にソウル都市圏は急膨張し、モータリゼーションも急ピッチに進んだ。これに対応するため高速道路の建設が急速に進められた。蓋かけ道路周辺にも商店が建ち並び交通混雑が激しくなった。そのため蓋かけ道路の上に往復4車線、延長5.7kmにわたって高速道路が建設され71年に完成した。
 1994年10月、漢江にかかる聖水(ソンス)大橋の崩落事故が発生した。ソウル市は早速全高速道路の安全点検を実施した。その結果、清渓川沿い両道路の桁と柱は安全性に欠け緊急の対策が必要との診断が下された。手抜き工事のうえ下水道から発する有毒ガスによって地下構造物のコンクリートと鉄筋が腐食されていたのである。そこで前市長は抜本的な補修工事に着手する手はずを整えていた。しかし次に選出された李明博市長は、両道路の撤去と清渓川復元へと計画を膨らませ、清渓川周辺地区の再開発を視野に入れた都市再生へと展開させたのである。

蘇る清渓川
 ソウル市が直轄する清渓川復元事業は、道路撤去と河川復元の2つからなる。これに民間主導の沿道再開発を加えると事業は大きく3つに分かれる。
 事業の手順は、まず最初に高速道路と蓋かけ道路の撤去から始まる。つづいて既存地下埋設物の撤去と河川敷の掘削、新埋設物(上下水道、電気、ガス、通信)の敷設など基盤整備が行われ、最後に河川の再生と修景が行われる。清渓川の復元には漢江から毎秒9万トンの水がポンプアップされ循環される。清渓川は近自然型に修景されビオトープがふんだんに取り入れられる。復元の基準断面では真中に川が流れ、その両サイドにそれぞれ2車線の道路を挟んで歩道と緑道が設けられる。これら断面は川の線形と幅員、スポットの地区特性に応じてバリエーション豊かにデザインされ、渡り石やせせらぎがあり、小さなつり橋や小滝もあって存分に親水空間が計画される。川の途中には朝鮮王朝時代の歴史的な橋が復元され、国際コンペによるモダーン橋も建設される。
 復元事業の工期は03年7月着工、05年9月完成予定の2年3カ月。撤去は今年中に終わる。周辺地域への影響を最小化するため3工区に分割し短期完成を目指す。総工費3,600億ウオン(360億円)。全額市負担である。高速道路の撤去が迫る03年5月、市主催で6.5kmにわたり「高速道路を歩く市民ウオーキング大会」が開かれ大勢のソウル市民が“20世紀の負の遺産”に別れを告げた。

環境・文化・経済の再生へ
 道路の撤去によって有毒ガスの発生は止み、道路倒壊の危険は除去される。このほかつぎのような事業効果が期待される。
 1つは環境再生である。1日17万台の自動車が発する排ガス、騒音などの道路公害は大幅に軽減される。巨大な道路構造物の撤去によって視野が開け眺望もよくなる。加えて清渓川が水と緑の環境空間に蘇り市民の憩いの場となり都市のアメニティが高まる。川辺を生かした環境都市ソウルの再生に弾みがつけられる。
 2つはソウル600年にわたる歴史と文化の再生である。蓋かけ道路下には朝鮮王朝時代の遺跡がいくつか残されている。それらを発掘保存するとともに当時の広橋や水標橋など石橋遺跡が復元される。清渓川を舞台とした伝統行事の橋踏みや燃燈行事などの文化行事も行われる。
 3つは経済再生のきっかけとなる。美しく蘇った清渓川は観光名所となり商店や飲食店、ホテルなどのツーリズムが繁盛するだろう。清渓川の環境再生に伴い周辺商店街の整備と再開発が進むとソウル経済は活性化する。現地の市広報館にはコルビュジェ好みの高層ビルが清渓川沿いに林立する模型やパースが展示されている。再開発事業が市の期待通り進むと漢江を挟んでソウル市北部(江北)が南部(江南)に経済的に遅れをとっているいわゆる“南北格差”が解消されるばかりか、ソウルは国際的な金融、ビジネス都市として世界にはばたくことになる。
 ソウル市の「清渓川復元事業復元推進本部」は02年9月、市民参加をめざして本委員会と6つの分科会(歴史・文化、自然・環境、建設・安全、交通、都市計画、市民意見)さらに分科会間の意見調整を行う企画調整委員会の3つからなる市民委員会(委員総数128名)を設置した。また03年2月に清渓川復元事業基本計画(案)について市民公聴会を開き、800人の市民参加のもと熱い議論をかわされた。

憂慮されること
 しかし工事が近づくにつれて2つの道路の撤去に伴なう交通問題や工事期間中の周辺商店街の営業問題などが憂慮され始めた。市の02年7〜8月実施の市民意識調査(3,000人対象)によれば、回答者の83%は賛成となっていたが、03年2月実施のアンケートでは、復元工事を延期すべきだという意見が多数を占めてきた。
 そこで私たちは市民の生の声を聞こうと反対同盟の人たちにインタビューを試みた。商店街の入口に「前市長は道路の修理で大丈夫といっていたのに、現市長はなぜ壊すのか」という大きな横断幕が掲げられている。「私たちは清渓川復元事業そのものに反対しているのではない。工事に伴なう営業支障と再開発を憂慮し商店街が生き残れる将来展望が立つまで2〜3年間工事を延期せよといっているのだ」と「清渓川復元事業から商権を守る会」のイ・ウン・ジェ委員長は述べ、次の3点を指摘した。
 1つは再開発事業が中小零細商店の追い出しにつながること。2つは高速道路の撤去に伴う代替交通手段の確保が不十分でソウルの交通は大混乱に陥ること。3つは清渓川の川幅が狭く川を生かした環境再生に限界があることなどである。なかでも再開発事業と交通問題の処理は事業の成否を決する重大事となる。

商店街は生き残れるか
 清渓川周辺にはセウン商店街や平和市場など18ヶ所の商店街が建ち並んでおり、商店数はソウル市統計(02年12月)でも店舗数は7万3,000軒、無届店を含めると10万軒は下らないといわれる。その業種は生活雑貨、機械工具、消防用具、建築資材、衣服・繊維、鉄鋼・金物、電気製品など多種類に上り、大規模な多業種・高密度集積・住商工コンプレックスを形成している。それら業種はそれぞれが小売と問屋を兼ね,しかもその裏が製造・修理の工場ともなっている。内部は迷路のように複雑でいかにも非近代的ではあるが、活気にあふれ、年間売上高は4兆ウオン(4,000億円)でソウル経済を支える韓国のシリコンバレーの役割を果たしている。商圏も広くロシア、東南アジアなど世界市場をターゲットにしている。
 ソウル市は「清渓川復元事業地域の住民・商人協議会」(委員数64名)を設置し住民参加のもとで商人総合対策を立てている。その方向は金融・ビジネスとIT関係、観光産業以外は移転をさせ跡地を再開発することを前提に、営業継続希望者には工事中の障害を最小限に留め再開発などの商圏活性化対策を講じる、移転希望者には適地の確保・斡旋などの支援を行うの2点である。しかし「商権を守る会」のイ委員長は疑問を提起する。商店街は長い歴史の中で同一業種内、異業種間で緊密な共生関係を築いてきた。それを特定業種の特定店舗だけを切り離して移転させることは事実上不可能である。市は商店街の将来的活性化を含めた総合的な調査研究はなおざりにして、ただ復元事業のみを先行させていると批判する。

商店街対策の基本方向
 その懸念に充分根拠があるように思えた。どうやら市は商店街についての調査は行っていないようだ。確かに撤去復元と再開発は事業主体が異なる別個の作業なので、前者を先行させ後者をフオローさせる方法もある。しかし両者は密接不可分なのでその2つを統合した対策が当然必要となる。それでなくとも復元後は地価上昇など開発圧力が高まり、市場原理でいわゆる“自浄作用”が働き中小零細業は追い出されてしまう。それが商人たちの危機感を募らせ自分たちの将来への確信を喪失させている。市がすでに移転地の確保に着手していると仄聞されるだけになおさらである。それがまた一部市民や研究者たちに事業に対する疑念を深めさせる背景となっている。
 心配なのは商店街の権力的、暴力的撤去である。1971年政府は首都周辺の居住環境整備事業で3〜4万人の無許可住宅の強制移住を強行した。1988年ソウル・オリンピック開催のためスラム街の強制撤去を行った。2002年ワールド・カップ開催のため低所得者住宅の密集地域のクリアランスを強行した。日本では考えられないこれら人権無視の残滓が存在しているだけに商人たちの恐怖は決して杞憂ではない。また李明博市長が韓国最大財閥現代グループの建設部門のCEOであるだけに利権がらみの心配もある。
 いま必要なことは、商店街の実態調査を行い明確な方針を樹てることである。その基本は現存の住商工コンプレックスを保全活用し、ソウル経済のアイデンテイテイを高めることである。また調査対象が大規模かつ複雑であるだけに商人グループの参加が欠かせない。
 しかし反対同盟の人たちはそのような問題意識は希薄だし、いまは世論にアッピールする街頭デモに大忙しというわけである。もちろん彼らは当局から意見を求められたことはないし、実情は当局からも議会、マスコミからも疎外され、専門家の協力も得られない孤立無援の状態にある。
 私たちは政策で世論に訴えることと専門家の協力の必要性を提言した。将来商人たちがそこを理解し、広く住民や専門家、NPOの協力を求めていく姿勢を打ち出せば、局面は打開の方向に動くだろう。

交通処理が大丈夫か
 いま一つは道路撤去後の交通対策である。現在の1日交通量は高速道路が往復4車線66,000台、蓋かけ道路で8車線103,000台、合計12車線17万台。バスは73路線、2,284台が走っている。復元事業後これが4車線に大幅減されてしまう。清渓川線はソウル高速道路網の支線だが、蓋かけ道路は幹線道路であるので両道路の撤去の影響は極めて大きい。これに対して市は工事中の無料シャトルバスや循環バスの運行、公共交通機関の整備を行うとしているが、果たして効果があるのか疑問である。市の担当者は「ソウルの交通はいまや飽和状態にある。道路を撤去しても状況の変化は期待できない。だから代替の新道路は造らない」と明言した。
 だがしかし、人流と物流が頼りの商店街にとって大幅な交通制約は大きな痛手となろう。それが将来、商店街衰退のきっかけになる恐れがある。また清渓川の復元による環境整備と再開発が周辺の地価上昇を招き、それが新ビジネスビルの林立と商店の追い出しを加速させるだろう。

サステイナブル都市へ
 都市再生を選挙公約に掲げ、市民に選択を迫り、それを実行に移す市長の鮮やかな手法とその大胆不敵な実行力には驚嘆させられる。世界的にもアメリカのサン・アントニオやボストン、ドイツのミュンヘンなどでいくつか先例はあるが、清渓川復元事業はそのスケールの大きさにおいて群を抜いている。
 ただし商店街の再開発は問題が多い。清渓川沿いの住商工コンプレックスは韓国はもとよりソウル経済の根幹を支えるものであり、これを生かした再開発の方向こそが追求されるべきである。
 いまひとつは道路撤去に伴なう交通問題の抜本的解決の方向を示すことである。
 自動車を制御する都市内交通対策に即効の妙案があるわけではない。したがってソウルのように高速道路撤去というエンド目標をたて、そこからの逆算で対策を講じるという方法もあり得る。しかしロード・プライシングなど自動車の都心乗り入れ制限や公共交通機関の整備など交通需要管理策(TDM)が検討されるべきであろう。これら諸問題を克服して、ソウルが21世紀をリードするサステイナブル都市として飛躍することを願ってやまない。

<NPO西山記念文庫>
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