レター27号(2005.3.01)

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第12号(2001.06)
第11号(2001.03)
第10号(2000.12)
第9号(2000.09)
第8号(2000.06)
第7号(2000.03)
第6号(2000.01)
第5号(1999.09)
第4号(1999.06)
第3号 (1999.03)
第2号(1998.12)
創刊号(1998.09)

ここでは一部を掲載しています。

<次世代へのメッセージ>
国際的な減災活動の展開へ
室崎益輝(独立行政法人 消防研究所 理事長)

大学の国際化について考える
吉田友彦(筑波大学システム情報工学研究科講師)


<次世代へのメッセージ>
国際的な減災活動の展開へ
室崎益輝(独立行政法人 消防研究所 理事長)

 このままいくと、21世紀は「災害の世紀」になってしまう、という強い危惧を抱いています。いうまでもなく、この災害のなかには、戦争や社会犯罪も含まれます。イラク戦争に始まってスマトラ大地震に終わった昨年の悲しい一連の出来事は、私の抱いていた危惧や不安を、まさに現実化したものといえます。こうした災害の多発化と深刻化は、地球が活動期に入ったという自然の摂理による部分もありますが、それ以上に社会の腐敗や技術の暴走といった人為の過誤による部分が遥かに大きいのです。それだけに、次にくる危機を克服するうえで、この人為の過誤に着目することが欠かせません。
 阪神・淡路大震災の10年を迎え、震災の検証が多方面でなされていますが、そこでの主な論調は、「みんなで助け合ってよかった」という人間の善意を前面に押しだしています。確かに、スマトラ大地震後の義援活動の拡がりなどを見ていると、人間の善意を信じたいと思います。しかし、その事後に展開される善意は、ある種の「贖罪」でしかありません。人間の善意は、事後よりも事前に、救援よりも予防に向けられるべきだからです。人為の過誤や瑕疵を正す方向にこそ発揮されるべきだからです。となると、阪神・淡路大震災などの検証では、人間のとりわけ権力者や専門家の「正すべき過誤」を前面に押しだして、減災に向けての課題を明らかにすべきだといえます。
 スマトラ大地震について考えてみましょう。なぜ十数万人もの命が奪われたか、を考えてみたいと思います。どうしても、マグニチュード9という地震の巨大さや十数メートルという津波の高さに目を奪われがちですが、地震と津波の常襲地帯でありながらまったくの無防備状態であったことに、目を向ける必要があります。つまり、津波の情報伝達システムが整備されていなかったこと、津波を防ぐ防潮堤や防潮林が欠落していたこと、さらに住宅など建築物の構造が脆弱であったことを、問題にしなければなりません。そのうえで、その防災施設の欠落や未整備を生みだしている経済的貧困に、目を向ける必要があります。
 この10年間の統計をみると、災害による死者の9割がアジアを中心とする開発途上国で発生しています。豊かな文明あるいは高度な科学技術の恩恵を、開発途上国の貧しい人々は受けられないという厳しい現実が、悲しい大量犠牲を生みだしているといって過言ではありません。政治が生みだす貧富の差をなくし、高度な防災技術の移転をはかる、国際的な取組みの遅れが問われているのです。すなわち、真に平和と安全を求める国際連帯の欠如という人間の過誤を認めざるを得ません。そこで、世界の7割の人々が脆弱な住居に居住しているという現実を見据えて、安全な住まいを構築するという予防的な技術支援の取組みの強化が、日本をはじめとする先進国に求められています。

 


大学の国際化について考える
吉田友彦(筑波大学システム情報工学研究科講師)

 筑波大学に留学生生活相談の兼任教員として赴任してから、はや6年が経ちました。博士論文で日本における外国人居住地の形成過程について研究してきたことから、学内業務においては、ゼミ生等に対する都市計画の専門教育を行うとともに、留学生相談をも受け持つことになりました。留学生相談業務というのは実に地味な仕事ですが、人生における色々な勉強ができたと感じています。本年度からは大学法人化ということもあって、学内的にはひと区切りついた格好になっています。これまでは週1日留学生センターの相談室に詰めていたのですが、4月から(スッタモンダの挙句)それがなくなりました。
 本当に色々な留学生との交流を得ることができました。といっても、そのほとんどは駆け込み寺にやってくる、困難を抱えた学生たちでした。
来日早々に重い病気が判明し、その後数年間、入退院を繰り返したAさん。病気のため大学へ出て来られなくなり、入国審査の延長手続き代行のために法務省に電話してあげたBさん。先生が研究生延長のハンコを押してくれないため、他大学への転出を余儀なくされたCさん。実家の親御さんが連絡を取れないと心配しているため、自宅まで安否を確認しに行ったDさん。実はそのDさん、健康保険に入っていないので、抗生物質を摂れずケガがどんどん悪化していました。奨学金がはずれたのはなぜか?授業料免除の基準を明らかにして欲しい!といった留学生とは数え切れないほどの議論を交わしました。留学生からのお叱りも受けました。逆に叱ったことももちろんあります。
 事件になりかけた相談も多くありました。恋愛関係の仲裁に立ち会ったこともあります。留学生同志の殺人事件に絡んで、その告別式に参加することは、それ自体が大変気の重い仕事でした。とりわけ、留学生の精神的な問題による異常行動については、留学生センター担当教員全員で連携を取りながら、気を配って対処してきました。
 このように書いてきてあらためて気付くことは、その仕事のほとんどが、教育業務としての詳細を公開することができないということです。極めて秘匿必要性の高い仕事です。したがって、通常の大学関連業務として、評価されることはほとんどないと思います。細かく書けば書くほど、公開できなくなります。その結果、留学生相談業務については、普通に専門教育をやっている先生方から見れば、何をしているかほとんどわからないと思います。だいたいの先生方は「そんなことは、博士号を取得した教員のすることじゃない」とおっしゃいます。それはその通りかもしれませんが、困難を抱えた留学生が出てきたときに、担任や研究指導の先生だけで対処できないのも事実です。年1回、全国の国立大学法人の相談業務担当教員が集まる文部科学省主催の研修がありますが、それに集まる教員の7割か8割が女性教員です。留学生相談のような地味な仕事が女性教員に集中していることについては、その理由を考える必要があるように思います。
 大学の国際化。駅のホームにある大学の広告や、パンフレットの冊子には必ずと言ってよいほど、留学生を含む笑顔の学生の写真が掲示されています。あの笑顔の写真の意味は、実はそれほど単純ではない、と痛感する今日この頃です。

<NPO西山記念文庫>
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