ここでは一部を掲載しています。
<第16回フォーラム 2005年6月4日(土) すまい・まちづくりフォーラム関西21>
まちなか居住を考える
コーディネーター 森本信明 (NPO西山文庫理事・近畿大学教授)
パネリスト 竹山清明 (建築家・京都府立大学助教授)
栗山立己 (株式会社タイコーハウジングコア設計課長)
古田義弘 (建築家・アトリエフルタ建築研究所所長)
会員だより
「縁」
堀田祐三子(神戸大学助手)
<第16回フォーラム 2005年6月4日(土) すまい・まちづくりフォーラム関西21>
まちなか居住を考える
コーディネーター 森本信明 (NPO西山文庫理事・近畿大学教授)
パネリスト 竹山清明 (建築家・京都府立大学助教授)
栗山立己 (株式会社タイコーハウジングコア設計課長)
古田義弘 (建築家・アトリエフルタ建築研究所所長)
第16回西山文庫主催のフォーラムが、「まちなか居住を考える−建築家とホームビルダーとの新しい関係−」と題して開かれました。学生・設計事務所の方など140名の参加がありました。3人のパネリストの報告と討論を中心に内容を紹介します。
[古田義弘氏の報告]
講演はスライドをたくさん利用して説明していただきましたので、以下はレジメの要約です。
<A都市住宅>
主に独立住宅の作品についてプランニング手法、住まい方の工夫、構造による特徴などいくつかの方向から見てみます。住まい方の工夫―家づくりの手法―高密度の市街地で貴重な自然との関わりをうまく取り入れ快適に暮らすための工夫を紹介します。
T.プランニングについて「コートハウス」「逆転プラン」の事例などが紹介されました。
U.住み方の工夫では「多世代住宅」「土地の有効利用(施設併用)」などの事例が紹介されました。
V.住宅の構造による分類では「混構造」「国産木材利用」などの事例が紹介されました。
<B街づくり・家づくり>
T.既成市街地内の小規模な街づくりとして、「指定道路を石貼りのデザインで緑地と融合させたタウンハウス」「各住戸のオープンスペースを1ヶ所に大きくまとめ光と風を共有するライトコート」「酒蔵の街のコートハウス」などの事例が紹介されました。
U.ニュータウンの町並みの提案では、「コミュニティを創り出すオープンスペースの提案」「住棟プランニングと町並み」などの事例が報告されました。
[栗山立巳氏の報告]
会社は昭和40年に「太閤土地株式会社」として設立され、昭和44年からは実際の分譲もするようになって、東大阪市と近隣の四市(大東市、寝屋川市、八尾市、四條畷市)などを中心に地域密着型で仕事をしています。今年の5月で、40周年を迎え、社員数25名くらいの地域ビルダーとして、これまで東大阪近辺で合計2400棟くらいの実績があります。
従来建売用地というのは、いわゆる田んぼとか畑とか宅地とかそういうところが多かったのですが、最近の2.3年では工場とか駐車場、店舗などが建売用地として開発されています。開発規模としてはだいたい10戸以上のものを企画しています。
従来は敷地面積を少なくして、住宅面積をたくさんとるという区画割が普通だったのですが、最近では個性的な町並み、個性的な住宅が多く望まれているようです。公庫の推薦を受けたプロジェクトでは、従来にないような道路の取り方、無駄な空間をいかにうまく見せるかということを行っています。住宅デザインも、いかにも建売住宅というものから、建築家が入ったりしながらデザインしているものもあります。常に流行を求めてデザインしていかないと、ユーザーの理解が得られない状況です。
部屋数は建売では4LDKというのが圧倒的で、LDKが和室と続きになってオープンに使えるようになってきたり、クローズのキッチンとか対面のキッチンとかが主流となっています。階段もリビングに面していて、二階にあがるというのも増え、子供室も柔軟に変更できるようなものが多くなっています。購入世帯の年齢層が若くなってきており、最近の住宅は安くないと売れません。構法では新金物構法より在来が安く、在来より2×4が安い、そのため2×4が分譲では主流になっています。設備もかなりグレードの高いものをつけています。
これまで5人の建築家と一緒に仕事をしました。建売住宅では注文住宅と違って無難なプランニング、売れやすいプランニングにどうしてもなりがちなので、当社の目指している新しい住宅つくりというのがなかなか難しいと思っています。そこで建築家と組んで新しい考え方、違ったすまいの考え方というのを提案していきたいと思っています。とはいえ非常に狭い範囲の一部の人にしか受けないようなデザイン住宅はやはり建売としては難しいく、住みやすいというのが第一の条件です。プランニングで個性が強くて、こういう風にしか設計しないという方とはなかなか一緒にできません。最近住宅雑誌や新聞等で、デザイナーズハウスと名うったのがありますが、デザイナーが前面にでるような住宅ではなく、住み手が望んでいて「もっとこういう住み方がしたいな」というような住宅づくりを目指しています。
協働のプロセスでは施工管理まで全面的にお願いするということはまずありません。売り建て方式が主流になってきており、それぞれのお客さんの要望を聞いて、建築家の方にプランニングの打ち合わせをしてもらうというのは不可能です。マンネリ化を防ぐために、建築家の方の提案を受けています。また他の建築家に触れることによって、社内の活性化と設計者のレベルアップも図れています。これからの協働のあり方として、特に建売住宅というのは厳しいコストの中でどれだけいいものを造れるのかということがあり、そういった造り方の原点から一緒に考えてくれるような建築家が現れて、うちも受け入れられるような形になれば非常にいいかなと思っています。
[竹山清明氏の報告]
僕は建築系の大学で、大学院修士課程までいき、そこでコルビジェの設計をかなり徹底的に叩き込まれました。基本的にはモダニストとして出発しました。就職はまず兵庫県営繕課に勤めました。営繕課で仕事をする中で、普通に使う人が良いとは言ってくれないのは変ではないかという問題意識をもち、そのままのモダニズムの設計では何か足りないというのをこの30年思ってきました。36歳で独立し1997年から京都府立大学にゆき、ものをつくるという活動もしています。
この数年で重要な課題としてもっているのは、ストック性の高い住宅とまちづくりを進めようということです。古い住宅であっても、前の家族が売りにだした場合、次の家族がこれに住みたい、お金を払ってもこれに住みたいという魅力をもっているということが重要です。使い続けられる条件というのは、町並みが美しいということと、住宅の質が高くデザインも美しいということが最近わかってきました。
最初の事例は静岡浜松で計画しているものです。イギリス型の住宅地をもとに、道路に接する幅が狭くて奥行きが長いという街なみで、基本的には出来るだけ安く造るというのが条件でもあり、空間の魅力は全体の組み合わせで造ることを考えました。基本形は総二階、4LDKが確保され、短冊状の敷地の特性から、まとまった庭が南北にとりやすくなっています。住宅はできるだけ四角く、シンプルな間取りで色々使え、部屋の間仕切りを変えなくても使い替えができるようなプランです。そうするとデザインが非常に単調になりますが、下屋とか塔とか出窓とかいろんなものを付加して、デザインに変化をつけていくのです。
次の事例は神戸のディベロッパーが岡本駅の北に急斜面地をもっており、「何かいい案はないか」ということがきっかけとなったものです。東灘区というのは神戸で質の高い住宅地で、非常に景色のいいところなので、景観とか外部空間を豊かにして、それが魅力、生活のベースになるようなものにしたらどうかと提案しました。斜面地を使ってそれなりのローコストでできないかということで、折れ曲がりの道に戸建住宅を入れています。大きい三階建ての4LDK基本にして、真四角な建物で対応しようと考えています。デザインのスパニッシュは神戸で昔から人気があり、それを現代化するような取り組みをしました。三つ並んでいるのは同じプランですが、少し吹き抜けの取り方を変えたりすることによって、デザインが全く変わっています。
三番目に紹介する事例は、私の家の隣にマンションが建つことになったことに対して、その対案として示したものです。芦屋駅から10分くらいの低層住宅地区です。五階建てのマンションで、うちの家が八家族から覗き込まれるという状態になります。そこでディベロッパーに戸建住宅の提案をしましたが、この提案をマンション事業者が拒否しました。そこで防衛策としてこういうフェンスを建てました。高さが10.5m、長さ30mあります。濃い部分がほとんど見えない膜、薄い部分はゴルフネット。マンション問題は非常にひどい被害を近隣の住宅地に与えています。マンションだけではない町並みを形成しながら、環境を守る住宅地というのを提案していかなければならないと思います。
今後のまちなかの住宅に対する建築家としての考え方としてプランブックというものを考えています。アメリカとかイギリスの住宅はいちいち設計するのではなくて既製品の設計というのがあり、それを使って安く購入してみんなが自分に適した状態にしています。戸建住宅の8割は工務店が建てています。この8割の設計の質を上げるような作品がいるのではないかと考えています。プランブックは基本設計、実施設計、建築申請、請求書に付けるスケッチなど一式50万円くらいで頒布できないかと考えています。
[討論]
司会(森本):建築家がまちなか居住に参画するにしても、現実には設計に際しての金銭的な問題が大きいと思います。栗山さんの方では、いくつかの事務所と協力した経験もおありなので、そのあたりから口火を切っていただきたいと思います。
栗山:設計から監理までを設計事務所にやってもらう場合には、事務所によって違いますが、工事費の10%前後になります。しかしながら一般の建売住宅事業としては、とても合いません。近年4人の建築家にプランニングをしてもらった内容は、モデルハウスのプランの決定と、何軒かの基本設計、ファサードの計画を含めて150〜200万円くらいです。一軒に直すとだいたい10〜15万くらいのコストであれば、うちの場合ですけどいけるかなということです。建売住宅の場合、早く売れるに越したことはありません。困るのは金利負担がかかって、広告宣伝費がかかることです。一回新聞チラシを入れればそれだけで50万円60万円と飛んでしまうので、早く売れれば建築家にそれだけ払ってもいいことにもなります。
司会:古田さんは、平和台の方で実際にやられたことがありますし、いくつか提案をされたことがありますけれど…。
古田:非常に難しい質問です。まちづくりをするのに、それだけエスキースをするのに時間を要するかということです。現実の話として、コートビレッジでは、6軒の集合住宅です。あれは、一軒あたり50〜60万円だったと思います。建売住宅では、設計そのものに細かいディテールまでそれぞれ別のものを造っていくというようなことはやっていません。標準的に50万円位でやっています。エスキースと、ファサードを作ったり、プランを作ったり一般図面のレベルで終わってしまうものですから、それ位の価格です。
司会:素人的には、上物だけで2500万円の建売住宅の場合、デザインで250万円位のせても、当然売れ行きがよくなって当たり前じゃないのかという感じもします。栗山さん一割上げるほどの力もデザインにはないのですか?
栗山:建売住宅が売れる条件は、デザインもありますが、まずは立地です。立地で半分は決まります。次にどのくらいの画地割にして、どのくらいの建物面積にするかということを考えています。最終的にはエンドユーザーの需要価格で、その地域の上限は決まっています。土地の大きさとか建物面積とか、坪単価も決めて、原価を出しています。建売住宅の単価は外構も入れた総費用で坪36万円から38万円あたりが坪あたりが原価になります。30坪でしたら土地が1200万円、建物の原価が1200万くらいです。それの10%出したら120万円、5%でも60万円、それをどう考えるということなのですけれど、難しいところですね。
竹山:栗山さんがおっしゃったのは現実的な話だと思うのですが、事例でみますと、必ずしもそうではありません。横浜の郊外でやっている、マークスプリングカーサという団地がありますが、立地としては非常に悪く工業地域です。その工場跡地を買って、外壁をぐるっとアメリカの西海岸風のマンションで囲い、真ん中にビクトリア風の様式の住宅と南欧風の様式の住宅を造っています。そこでは近隣の建売住宅と同じ規模で売値は倍です。それが全部短期に売り切れています。塊として町並みができて、そこに質の高いものができると、かなり高い値で売れています。そこはかなりの設計料を払っていると思います。
司会:竹山さんのお話の中で面白かったのは、平面計画の部分で比較的シンプルにまず構えておいて、あと周辺の部分のデザインで味を少し付けてゆくというのは、コストの問題にもからんで面白い考え方だと思いました。
竹山:日本の建売業者の資料をたくさん集めましたが、デザインを変えるためにプランを細々と変えています。壁がずれたり、細かくずれたりすると、プランはものすごく制約がでて、間取りも非常に悪くなります。だいたい正方形に近いプランの方が非常にきれいにいけます。あるまとまった住宅をつくる場合には屋外でちゃんとまとまりをとって、住宅はできるだけコンパクトに作ったほうがいいです。建物自体をコンパクトにしたらかなりコストダウンの可能性はあります。基本的にはあんまり複雑なことはしないで、使いやすい使い替えもしやすいプランを作る、安いコストでいかにそうしたプランを作るかは大事なことです。
古田:私の場合は、ちょうどその逆の話ですね。コの字型のプランやらL字型のプランやら、上下逆にしたプランやら、それを実際に建売住宅にも入れています。コストプランニングでは不利ですが、でもそこに住み心地というコスト以上のメリットが出てきます。内部から考えていく、外部から考えていく、いろんな考え方はあると思いますけれども、空間の造り方が売値に反映するように、住宅の価値が上がるようなもの、認められるような作品を作らなければなりません。最終的にいい空間ができればそれなりの価値があって、それなりの値段で売れます。そういう風なアピールはしていますが、現況ではなかなかうまくいっていません。
栗山:家造りと街づくりでとらえますと、どちらかというと竹山先生より古田さんの方に近い、先ほどのまちなかプロジェクトを受けたプランでも、あえて曲線の道路をつけて全部の区画の形を変えて造る、当然その一戸一戸のプランもあえて変化させている、それが多様なまちを形成します。それの方が魅力的と思っています。本物のレンガを使うとかして、伝統的なイギリスのまちを再現するというのもわかるのですけど、今の大きなエンドユーザーの希望する町並みというのは多分そうではないのではないでしょうか。エンドユーザーの方は、そういった段階でコストがかかっても私のためだけの家が欲しいとは思っています。建築家にもっと設計料を払って、よりいいものを造ってもらえる土壌は多分たくさんあると思います。そういう町並みの家造りが主流になっていくのではないかなというきがしています。
司会:竹山さんと栗山さんが手を組むかなと思っていたのですけれども、逆の方になってしまったみたいです。
竹山:もう少し家を造りやすくする宅地割を考える必要があるのではないでしょうか。それに豊かに内部空間をとれるようなデザインというのが必要です。基本は4LDKですから、4LDKで立派な家族室があって、十分な広さの個室があればいいわけです。基本的にプランを大きく変える必要はほとんどない、売り建ては問題が多い、建てる人が私はこの家を一生に一回建てると、私の思い出を込めて建てたいというのはすごく困ります。僕の経験からするとかなり我流の変な家ができます。変なところに物入れを作ったり、使えないような部屋を作ったりします。多くの家族が住みたくなるような、みんなが支持するような質をもった住宅を建てないとダメだと思います。
司会:少し戻りますが、基本的に売り建てが主流になり購入した人の意見をかなり聞かなくてはならないというお話があったと思いますが、その時は建売住宅の事業者としては開発地のその町並みを一定の水準を揃えるときのデザインのポリシーをどのように購入者の人に伝えるかということになりますか。
栗山:うちの場合ほぼモデルハウスを建てるので、モデルハウスで外観のテクスチャー、屋根のかけ方とか、バルコニーの取り方を見てもらえます。一応、全戸の基本プランも先に用意します。一般的な4LDKでだいたい28坪か30坪前後の面積を作って、光の入り方とか風の通し方とか、空地の設け方。専門家の方が全体をまとまるような形で基本プランを最初に全戸作ります。これが基本でこの街づくりは考えていますから、それから大きく逸脱はできませんよと、最初に営業のほうでも言うようにしています。先ほど自分だけの家と言いましたが、それは自分勝手にどんどん作ってもいいというのではなしに、一応町並みの全体を理解して基本プランのレイアウトを活かした上で、ちょっとした間取りを変えるとか、内装の色を変えるということはできます。その色もある一定のいくつかのパターンの中から選んでくださいという形の指導をしています。
竹山:日本ではなかなか規約で縛るのは難しい、日本できれいにデザインコードを決めできている団地はほとんどありません。全体ができあがったときにきれいに揃っているというのは、建売であればできる、売建はできません。建売住宅できれいにできている団地も関西にはあり、古い住宅が近隣の同じ規模の新しい住宅より高い値で売れています。
司会:古田さんは基本的には一品の生産で、個々の仕事で町並みというのを形成していくというのは難しいですよね。普通の設計事務所が個々の仕事を通じて町並みに関わっていくというのはどういう形で関わっていったらいいのでしょうか。
古田:戸建の設計で町並みに一石を投じてはっきりした効果が出てくるという掛け声は言えますが、ほとんど現実ではないような気がします。自分の作品を見てもらって、これはいいなと理解してくれて、それに合わせたデザインを誰かがやってくれるという期待はできます。しかし現実的にその効果があったという経験はないです。行政が町並みの協定とか景観アドバイザーとか、いろんな制度を準備し、最低限ひとつの縛りというのがあり、その中で徐々に広げていく、いろんなところで発言はしていく必要はあると思います。
司会:古田さんの先ほどご紹介頂いた本のように、お施主さんが芦屋の住宅文化に対して思いをもっておられると、施主側からそういったことを期待されるといったことはないですか?
古田:それは大いにあると思います。先ほど、「神戸苦渋の町並みから」ということをいいましたけど、日本瓦が阪神大震災から罪悪のように新聞・テレビでもいわれていまして、プレハブが残ったという話があります。そういう時期にあえて日本瓦と在来軸組みの木造でやるということです。やはり日本瓦がその風景に寄与する部分は非常に大きいのではないかと思います。あの住宅に関していえば日本瓦をあの時点で使ったということ、その時にやったというのはそういう意味でも町並みに対してできる最低限のことだったと思います。
I氏(会場より):まちなか居住と町並み景観ということだけから考えますと、例えば借家というものがある。それらを含めてまちなかの居住形態はどうあるべきかということについてひとこといただきたいと思います。
栗山:私は設計事務所から今のところに来ましたが、まわりで建売業者というのはほとんどが不動産屋の親父がこのくらいのプランを作れば売れるやろうということでずっと作ってきました。最近こそデザイナーと協働しようという話がありますけれど、やはり全体のレベルは非常に低い、そこにちゃんとした建築を設計できる人間、住宅がわかる人間がいない、最近徐々に増えつつありますが、やはりもっとまち場のホームビルダーの作る現場に建築家なり、住宅の分かる人、いまこの会場にたくさん来ているような若い方がどんどん入っていって、エンドユーザーに対しても啓蒙していきながらいいものを作っていくことが非常に大事です。
古田:都市の中で賃貸の需要というのはあります。ワンルームマンションから規模の大きい、レベルの高い、質の高いものに変わっていくというニーズがあります。我々の仕事の中で40%か50%は賃貸のマンションです。そのなかでもニーズがあがってくるという感覚があります。先ほどの本町の建物にしても、建物そのものもさることながら、建物にまつわるソフト、いろんなサービスも多く、今後こういう部分というのは残っていくと思います。建物文化そのものとしても残っていかないといけないと思います。
竹山:基本的に今の日本では借家は安いということで建てられています。賃貸は経営の観点でやりますので非常に安くて儲かればいいという考え方が強いです。どんどん借家が作られて古い借家は入居しなくなり、経営が厳しくなるというのが現実だと思います。古くなっても入居したいと思ってもらえるような質のものをどう作るのかということです。実際に実例はあります。だから、ちゃんといいものを作って、まちづくりにも自分の長期的な経営にも寄与します。そのような借家を作る気があるかどうかが大きいし、そういう文化が存在しているかも重要です。町の中の借家というのは立派な資産ですから、いいものを作り、経営できるように支援をするというのも一つの方法です。
司会:今日のテーマがまちなか居住で、特に戸建の持ち家に焦点を当てていたものですから、最後にでた借家の質問は今後のために非常にいい質問でだったと思います。こういったことを対象にまた是非議論の場を設けていきたいと思います。
(まとめ:森本信明)
会員だより 「縁」
堀田祐三子(神戸大学助手)
神戸に来てはや7年が過ぎました。私は、神戸大学大学院で博士課程を修了し、現在同大学院で助手をしています。神戸での7年間は、ひたすらイギリスの住宅政策とハウジング・アソシエーションという非営利組織の活動を研究してきました。
私がイギリスの住宅研究をはじめたきっかけは、熊本大学の修士課程に在籍していたときに、交換留学生としてバーミンガム大学に留学したことです。正直なところ、留学前からそれを勉強し極めようと思って留学したわけではありません。修士課程に入ったものの、何を勉強していいのか、自分のやりたいことは何なのかを見つけることができず、何をすべきか悩んでいたところにイギリス留学の話が舞い込んできたのです。今思えば、なんでもいいから今の状況を変えたいという思いから、日本を飛び出したような気もします。しかし、結果的に、それを抜きにして、今の私が考えられないほどにイギリス留学から得た経験は大きなものとなりました。
また、「ハウジング・アソシエーション」という研究テーマに取り組むようになったのも、この留学がきっかけです。日本人留学生の窓口となっていたバーミンガム大学ジャパン・センターの所長であるクリストファー・ワトソン先生との出会いは、私にとって運命的なものでした。研究テーマどころか、所属先も決まらない状況で、イギリスに渡ったのですが、ワトソン先生に出会い、テーマはすぐにハウジング・アソシエーションの住宅供給・管理の実態を探ることに決まりました。彼がマーシャンというバーミンガム市内にあるハウジング・アソシエーションの理事であり、私が住宅に関心があると知り、アソシエーションをテーマに研究することを強く勧めてくださったからです。
また、留学先のバーミンガム大学都市地域研究所が都市・住宅研究の優れた拠点のひとつであったことや、研究所にはアラン・ミューリー先生など日本の研究者とつながりの深い先生方がいらっしゃったこと、さらには、帰国の数ヶ月前に和洋女子大学の中島明子先生、神戸大学で指導を仰ぐことになった塩崎賢明先生他、都市・住宅問題を研究しておられる先生方が研究所を訪ねてこられたことなど、多くの偶然が重なって、私は住宅研究の世界に足を踏み入れることとなったのです。
しかし振り返って見ると、運命の糸は実は学部時代から既に紡ぎあげられたものであることが分かりました。熊本女子大学では中島熙八郎先生に、熊本大学では延藤安弘先生にお世話になったのですが、私は何も知らずに西山門下の先生方の研究室を渡り歩いていたのです。日本全国、西山門下の先生方が多くご活躍されているので、こういう偶然も単なる偶然ではないのでしょうが、私には不思議な縁に思えてならないのです。
最後に、イギリス留学からこれまでの研究を『イギリス住宅政策と非営利組織』(日本経済評論社)という本にまとめることができました。アソシエーションの活動を包括的に取りまとめた書としては、初めての試みであると思います。ご笑覧いただければうれしく思います。
|